聖霊降臨の主日(2019年6月9日)の黙想
「あなたがたをみなしごにはしない」

ヨハネ14:15-16,23b-26

川越教会担当司祭 ヨハネ 加藤 智 神父


  先に、ご復活の主キリストのご昇天の証人とされた私たちは、ご昇天から10日後、ご復活から50日目の聖霊降臨の主日に、 ふたたび、主の大いなるみ業の証人とされるべく主のみ前に集められました。ヨハネによる福音は、今日、主キリストが「最後 の晩餐」で「聖霊」について弟子たちに語られたおことばを想い起こさせてくれます。

  弟子たちとの「最後の晩餐」の時、主キリストは、続くご自身の十字架の死をはっきりと見つめておられたはずです。しか しその時でさえ、主のお心を占めていたのは、ご自身の死の後に残される弟子たちの、さらに私たちのことだけであったに違いあ りません。主は、十字架の死を控えて次のように仰せでした。「わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。わたしはあ なたがたのところに戻ってくる」(ヨハネ14:18)。その上で、今日の福音のように、主は次のように約束してくださいました。

  「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなた方と一緒にいるようにしてくださる。」

  十字架の死の後の最初の「弁護者」として戻ってきてくださる方はご復活の主キリストご自身です。では、「別の弁護者」と は誰なのか。他でもない聖霊のことです。続いて主は、「弁護者、すなわち父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊」(ヨハネ14:26) と仰せです。ここでは「聖霊」を、もはや「別の」弁護者とはお呼びにならず、ご復活の主ご自身と同じ「弁護者」という言 葉でお呼びになっておられます。なぜか。「聖霊」とは目に見えないご復活の主キリストご自身に他ならないからです。

  十字架の主キリストのご復活。その日、ご復活の主のみ前に、私たちは、弱り果て、傷つき倒れ、命を失ってさえいたのでは なかったでしょうか。ご復活の主は、その私たちを助け、介抱してくださいました。実は、「復活する」と訳された言葉は、元の 新約ギリシャ語では、「(自ら)起き上がる、立ちあがる」の自動詞的意味の前に、「(弱った人を)助け起こす」「(倒れた人を) 抱き起こす」「(傷ついた人を)保護し、介抱する」と言う他動詞的意味で日常用いられた言葉でもあるのです。

  このご復活の主キリストのお姿と働き。それは、主がご昇天の後に私たちにお遣わしくださり、ご復活の主ご自身と同じ 「弁護者」の名で呼ばれる「聖霊」によって確実に受け継がれてゆきます。「聖霊」こそ、時と所を越えて、信仰の目には、 いつも、そして永遠に私たちとともにいてくださる「ご復活の主キリストご自身」だからです。

  あらためて、「弁護者」とは?元の新約の言葉は、「(人を助けるために)傍らに呼ばた人」と言う意味から、助けを 必要としている人の「助け手」、倒れている人、傷ついた人の「介護者、保護者」とも訳されます。実は、福音を伝える新約 ギリシャ語では、「復活する」と「弁護する」とは、実は同じ内容の言葉なのです。ご復活の主キリストがとくにご自身を 「弁護者」とし、「聖霊」をも「弁護者」と呼ばれるとき、ご復活の主のお姿とお働きが、「聖霊」のお姿とお働きに、 自然に重なるのは当然なのです。

  ただし、「別の弁護者」ないし「弁護者」と呼ばれる「聖霊」を、主キリストは私たちにご自身の十字架と引き換えにの みお与えくださることは、今日の福音の直後の主のおことばから明らかです。「実をいうと、わたしが去って行くのはあなた がたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護 者をあなたがたのところに送る。」(ヨハネ16:7)

  主キリストのご復活から50日目。主が、この「弁護者」、すなわち肉の目に見えなくともご復活の主キリストご自身で ある「聖霊」を、私たちにお遣わしくださる日。主の眼差しの前に、今、私たちはどのような姿なのでしょうか。ふたたび人 生の悲しみに打ちひしがれ、苦しみに耐えかね、弱り果て、傷つき倒れ、あるいは死の床に喘いでいるような、私たちでは ないでしょうか。ふたたび、ご復活の主キリストに助けられ、抱き起こされることを、ひたすら待ち望んでいる私たちではないでしょうか。

  その私たちに主キリストは、「弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのこと を教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる」と仰せです。「弁護者」である「聖霊」が私たちに「思い起こ させてくださる方」とは、主キリストご自身、すなわち、私たちのために十字架につき、さらに私たちのために復活してくださっ た主、であることは明らかです。

  聖霊降臨。父なる神と御子キリストによって「聖霊」が遣わされる時。今、皆さんの前には、「弁護者」聖霊の内に、まこ との「弁護者」ご復活の主キリストご自身が、ふたたびお立ちくださいます。両手を広げて、皆さん一人ひとりをご自身の胸に 抱きしめ、抱き起こしてくださるために。その御手には十字架の傷跡。その御胸には槍の傷跡。目に見えない「聖霊」の内に、 ご復活の主キリストのお姿が鮮やかです。

  父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。



(「主日の福音の黙想」より)



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